説明
一九九八年、WHO委員会において、「健康の定義」を新しく見直そうという提案がなされた、すなわち、従来の「健康とは、単に疾病または虚弱でないばかりでなく、身体的、精神的および社会的に安寧な状態(ウエルビーング)である」という定義を「健康とは、(中略)身体的、精神的、社会的および霊的(スピリチュアル)にダイナミックに安寧な状態である」と改めようという提案であった。
この提案はWHOの一九九九年の総会において「事務局長のレビューの下におく」として、討議の議題から外されたが、この提案が世界の各界に与えた衝撃は大きかった。
WHOのこの提案に対する答えとして、私が主宰するIARPでは、二〇〇〇年七月の年次大会に、この提案がなされた当時のWHO事務局長をしておられた中嶋宏氏、わが国における犯罪精神医学・精神鑑定の権威、小田晋氏、車椅子女優と自ら名乗り、交通事故後の重度の障害をのりこえ日本各地で民話の語り部として活躍されている萩生田千津子氏をお招きして、「人間の健康とは何か」についてお話しして戴き、さらに討論もして戴いた。
最近は「人間の健康」ということが、この恵まれた物質的な生活を享受している現代人にとっては、一番の関心事であるように思われる。擬似宗教のようなものが、「健康」というものを売り物にして、いろいろな人を迷わしたり、あるいは健康にしたり、あるいは本当に健康でない状態にしたり、そういう状態が今日本の中ではいろいろなところで起きている。
人間が生まれて四、五百万年になるが、古来から、人間の生き方については二通りあったように思う。一つは、霊との交わり、あるいは人間以上のものとの交わり、先祖の霊との交わり、あるいは神々との交わり、そういうものを通して、人間はどう生きるべきか、つまり良心の問題とか、どういうふうに平和な安定した社会をつくっていくかという面と、もう一つは、大昔では、家も十分になくて洞穴のような所に住んだりしていたのが、石器時代、旧石器時代になって、だんだんに小さな掘っ立て小屋のようなものが縄文時代に出来た。そういう物質的に豊かな生活を追い求めるというもう一つの面があった。
ついこの二、三百年前のいわゆる産業革命というのが起きて、人間に必要な食物とか住居とか、衣食住の問題が、非常に大量に生産されるようになった。そして資本主義が発達し、科学が発達をした時代という、そういう社会的な環境の下で、人間がいつのまにか物質的に豊かな生活に慣れてくると、後戻りすることは非常に難しい。資本主義のもとで物質的に豊かな生活を追う、それは現在もどんどん進んでいるが、一方、何か、心を忘れた状態も進んでいるように思われる。最近のいろいろな世相を見ても、簡単に人を殺したり、誘拐をしたり、銀行に強盗に入ったりする。その背景にはやはり金ということ、あるいは、自分の個人的な、自閉的な、社会についていけない性質、だんだんにそういうものが募って、それがこの頃の言葉で言えば「キレる」というふうなことなのであろう。しかしそういうふうにキレることをコントロールする躾とか良心の植付けとか、そういうものがない。ただ物だけを与えて豊かな生活をさすという、そういうものが、いわゆる文明国、特に日本の中では、今いろいろな問題を生み出していると思う。
私は、人間というのは、身体と心、その上に、古来から人間がつい二、三百年前までは従って生活をしていた霊的なもの、あるいは宗教的なものの規範があった時に、その生活は個人の上でも安定をしていたように思う。 WHOの「スピリチュアリティ」ということを健康の中に入れないと人間というのは成り立たないのではないか、そういう観点は、要するに、人間を身体、心、魂という三つの全体として見ていこうというところにその基本があるように思われる。 人間とは何か、人間の健康とは何か、その中に魂というものがどういう役割を果たすべきなのか、あるいは果たすべきであると予想するか、各氏のそれぞれのご専門分野からのお話しと討論をとおして、読者の皆さんに人間の健康あるいは人間観というものを、深く見直して戴くことができたら有難いと思う。
本山 博
序
[講演] 健康の定義とスピリチュアル・ダイメンション
― 中嶋 宏(WHO名誉事務局長・国際医療福祉大学国際医療研究所所長)
私とWHO憲章改訂案 スピリチュアル・ヘルスが問題となる理由 ポスト福祉国家 WHO憲章における健康の定義改正の試み 十九世紀精神神経学の発展と医療 二十世紀の精神病理学 第二次大戦後の精神医学の発展――心の医学へ スピリチュアルとは何か 宗教の二つの側面 スピリチュアル・ヘルスと身体的健康の統合 スピリチュアル・ヘルスの動的側面 気と心の養いと開発発展 精神的養気 身体的養気 ともに感じ、ともに生き、ともに繁栄を分かち合う 教育とスピリチュアリティ 良い、やさしい心を創り育てるために
[講演] 精神的健康の新しい次元
― 小田 晋(筑波大学名誉教授、国際医療福祉大学教授)
はじめに 1) 精神医学の歴史的展望とWHO 2) 精神的健康の定義と「生き甲斐」 3) 新しい健康の定義とWHO 4) 健康における「霊性」の意義
[講演] 自分史を語る
― 萩生田 千津子(女優)
はじめに 物はなくても心は豊かだった 民話――鬼との出遭い 鬼あっての魂 よかった昔を残す責任 母の教え――人間の子 もう一人の自分がほしい もう一人の自分――女優! 高校担任の先生の教え―目的があるならよい 広く豊かな愛と信頼に応えて 心の友 杉村春子の教え――明日へ向かって生きる 水上勉先生の教え――命を使う 数々の出遭いと教えに支えられて with you!
[講演] 人間の健康
― 本山 博(IARP会長・CIHS学長)
人間は身・心・魂よりなる 魂はある―私の体験から 魂はある――魂に目覚めた人は自分の臓器機能をコントロールできる 魂はある――魂に目覚めた人は他人の身体機能をコントロールできる 魂が魂に働きかけることによって 物を形成する力とは アストラルの魂、カラーナの魂 身体や心と健康・不健康(病気) 心や魂と善・悪 カラーナの魂と形成力 カラーナの魂に目覚めよう
[公開討論] WHO(世界保健機構)憲章の健康の定義をめぐって
小田 晋(筑波大学名誉教授、国際医療福祉大学教授)
中嶋 宏(WHO名誉事務局長、国際医療福祉大学国際医療福祉研究所所長)
萩生田 千津子(女優)
本山 博(IARP会長、CIHS学長)
司会)本山 一博(CIHS理事、玉光神社権宮司)